渡る世間は神様ばかり

アクセスカウンタ

zoom RSS No.89 正論はダメですか?

<<   作成日時 : 2016/01/03 13:55   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

「正論を振りかざす」
「正論を突き付けて、相手をやり込める」
「正論バカ」
「正論で押し通す」などいう表現を目にします。


そもそも「正論」とは、"道理にかなう"正しい理論や主張などのことですね。

ところが、「正論じゃあ人は動かない」というようなときの「正論」は悪いイメージの言葉です。

この場合は、
現実的でない理想ばかりの言葉、
自分が実現可能な範囲を越えている、とても達成できない内容の言葉、
とても耳が痛い、理屈では分かっていても、感情の面ではその指摘が正しいゆえになおさらストレスを感じてしまうような言葉、
俗世間のこと、または自分のことを理解しているとは思えない言葉、
世の中の人間誰にも通用しない空論といえる言葉、
聖人君子、社会的地位のある人、金持ち、人格者、成功者にしか当てはまらない、ある種ひがみから、嫌味に聞こえる言葉、
という意味合いです。


「正論」の本来の意味からすると、道理にかなうわけですから、
誰もが納得して同意するものであるはずです。

まさに「正論」であるのに
「そんなこと正しいのに決まっているよ。そんなこと言ったって始まらないよ」
となるのには、
「正論」を発している側かそれを聞く側のどちらかに問題があるのではないでしょうかね。

信用できない人が発していては聞く気にならず、
また、余りにも図星なため癇に障り怒りのため受け入れられないということもありましょう。

「正論」の内容そのものよりも、それを扱う人間の問題。


それを、「正論」ではダメだからと、
邪道がいいんだ、
俗っぽいのがいいのだ、
必要悪というのもあるのだと、
正論を外れることのみに神経を使うと本質を見失うことになるんじゃないかなあ。

「正論」の表現の仕方、受け入れようとする心の状態にこそ、
人を動かす正論という本来の正論を存在たらしめる重要な鍵があるのだと思います。

決して正論が悪いわけでもないし、正論でこそ人は動く。

人が動くのが正論でありましょう。


正論を述べている時に、上から目線になっている。

正論を言われている時、上から目線を苦痛に思う。

こういうことも往々にしてあります。


「正論」が通るためには、人徳がいるようです。

「正論」を承ることができる自分という、心に余裕のある自分でありたいですね。


絶対この人の言うことは聞くというような、
頭を下げられる人は3人はいたらよいという話を聞いたことがあります。

尊敬できる人を持てるということも幸せなことかも知れません。



ここで書いたことは「正論」でしょうか。

そしてまた読者の心に響くものになったでしょうか。

いささか不安でもあります。







テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
No.89 正論はダメですか? 渡る世間は神様ばかり/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる