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zoom RSS No.93 「感謝」って簡単に言うけど

<<   作成日時 : 2016/03/31 15:57   >>

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「感謝」って簡単に言うけど、どこまで心の底から思っているのですかね?

これは、決して人のことをとやかく言うのではなく、自分自身ができているか問い直しているのです。


それでも、人の有り様を眺めながら感じるわけですから、

批判めいて感じるかもしれません。

気を悪くしたらごめんなさい。


人の振り見て、我が足りなさを反省しているのです。


よく優勝インタヴューなどで、中学生や高校生が、時には小学生なんかでも

「両親や支えてくださった皆様に感謝します。」

とか

「応援してくれる方々への感謝の気持ちを忘れず頑張ります。」

というようなことを言っているのを聞きます。

昔以上に最近の子たちは、親への感謝、世話になっている人への感謝というものを

はっきりと言葉にした挨拶をします。

立派だと思います。


でも、私の根性がひねくれているのか、こういったお手本のような挨拶を聞くたび、

「大人過ぎて気持ち悪い。子どもっぽくないなあ。」

なんて思ってしまいます。

失礼ですね。

親御さんたち、ごめんなさい。


以前、相手が高校球児(決勝で惜しくも甲子園行きを逃したエースのピッチャー)の父親だということを忘れて、

こんな私の抱く違和感を、最近の話題として、話したことがあります。

お酒の席でしたが、そのお父さん、えらい機嫌を悪くされて、

あわやけんかになりそうな雰囲気になり、ようやく私は自分の失言に気が付きました。

その場は、「一般論で」とか「言葉上、陳腐になっている」とか「借り物で話しをすることの恐ろしさ」など

ということを付け足して、相手に納得してもらい、事なきを得ました。


お酒の場とは言え、あまり勢い余って、暴言を吐いてはいけませんなあ。


一生懸命やっている高校球児たちを陰日向で親御さんたちは本当に懸命に支えているし、

球児たちはそれを肌で感じています。

だから、そういう子たちの言葉は真実でしょう。


ここでは、出来合いの言葉を利用して、立派な挨拶をしている気分になっている人ができてしまう可能性がありやしないかという問題を言っています。

私自身が危ういなと思っているからです。


言い訳っぽいことばかり書いていますが、

批判を承知であえて乱暴に言うとすれば、

「どいつもこいつも人のまねして親への感謝なんて言うな!」

ってやたらはやり言葉のようにたくさんの場面で耳にすることがあり、うんざりしちゃったのです。


やっぱり、私ってひねくれもんです。




でも、テレビを見ていて、以前から持っていたこんなもやもやが

ちょっと晴れたような気分になったのです。

何に違和感を感じていたのだろうかが少し分かったような。




朝ドラ「あさが来た」で先日、千代が

「感謝という言葉、知らんのやろか」

と平塚明の生意気な態度に腹を立てていましたが、

千代に励まされたあさが、

気持ちを取り直し、

「みかえりなんかいらん。これからの頑張るおなごの小さい小さい踏み台にでもなれたら、それでよろしいのやろな。」

と語ります。



このあさの言葉は、大人やな、親やな、神様やなって感じました。


子供は大人の批判をして大きくなる側面があります。

大人として、また親として、

子供のそういう姿は、妙に頼もしいように思うことないでしょうか。


直接感謝の言葉を言われた方が気分が言いに違いがないし、

嫌われてこけにされるのは決していいものでないのですが、

判で押したような感謝の言葉や、

挨拶の決まり文句みたいに言っているお礼の言葉、

ましてやおべっかの類は、

何か響かないし、嬉しさも半分です。


親とすれば、感謝の言葉一つ言わなくても、時にはとげとげと反抗しながらでも、

すくすく成長し、力いっぱいたくましく生き、

過去にとらわれず未来に向かってエネルギッシュに伸びていく子の姿を見ているだけで

それで十分ってところがありませんか。


感謝の念を述べる挨拶のお手本がマニュアル化して、

自分の言葉になっていない型にはまった「感謝」は、

借り物でしかなく、心からの感謝でないような気がするのです。


神様にお礼を言う、なんていうことも、

言葉の上滑りになっていないかな。

大切だと言われるからお礼を申し上げているってことないかしら?


平塚明にしても、世の中の子供たちも、感謝の気持ちは、自分なりの素直な表現でいいんです。

幼稚臭くても。


どこまでお世話になっているかわからない。

お世話になっていることすら気が付かない。

それでもちょっとでも

嬉しいありがたいと思ったことがあれば、背伸びした言葉でなく自分の言葉で言えばいいんです。


自分が成長できたことの背景に大きな働きを心底感じられた時、

これまでを振り返って、しっかりとした感謝のあいさつをできる日が必ず来ます。


親はそれをそんなに期待せずに待ってあげればいいんだと思います。


神様がそんな思いで気長に見守っているんですから。




ただし、これは親や大人や神様からの立場です。


子の方は、お世話になっていることに気が付こうとせななりませんし、

恩に報いることを考えるべきです。

でも、等身大の感謝から始めればいいんです。

借り物でない本当の感謝を重ねていくと、本当に恩を感じるようになり、

そして、恩に報いようという気持ちになります。

その時、本当に立派な感謝が言えるのだと思うわけです。







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