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zoom RSS No.95 桃、栗、柿、柚子、そして私は?

<<   作成日時 : 2016/05/31 17:31   >>

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「桃栗3年、柿8年」って言葉、聞いたことありますよね。

実がなるようになるまで育つのに、若木は何年もかかる。

桃や栗は3年で、柿は8年たってようやく毎年実がなり始める。

だから、苗を植えたからって、最初の年からすぐに実はならない。

しっかり、実がなる木になるために必要な年月がいるし、

その間は、辛抱して、

肥しや水を与え、いろいろ手入れをしてあげなくちゃいけない。


柿よりももっと時間がかかるのが、柚子だそうです。


「桃栗3年、柿8年、柚子の大馬鹿18年」というそうです。


柚子を育てて商売しようなって事は簡単にできることじゃない。

そこで、5、6年で実がなる品種をつくって、産業にしたという話も聞いたことがあります。



実がなるのに年月を要するというのは、人間も同じことでしょう。

柚子が大馬鹿なら、私は?

と思ってしまった。


神様は、どれだけ、私のようなスーパー大馬鹿を辛抱して育ててくれているんだろう?

もちろん、神様は商売なんて考えていないから気長なのかもしれないが。。。



子どもが育つ姿を見るのはとても微笑ましいものです。

それでも、立派な大人になるまでには、親とすれば、辛抱し、いろんな応援をしていかなくてはなりません。

別に、大人になったら、その子どもで商売しようなんてことは考える人は一部でしょうが、

ともかく、世の中のお役に立つ子になってほしい、

親が大切にしてきたものを受け継いでほしい、

なかには、親としての自分の面倒を見てほしいなどといった都合のいいことも思ったりします。


子どもばかりでなく、壮年、熟年、老年の方々も、

目を輝かせて前向きに生きていく、より楽しい明るい生き方に変わって行く姿を見るのもたいへん嬉しいことです。

きっと、神様にとっては、みんな子どもなんでしょうから、そんな思いを持っておられるんでしょうね。


さて、私は?

短いスパンでは、日々、そんな子たち、人たちの姿を見ることを楽しみにして励ましていただいております。

でも、長いスパンでは、まだまだ実がなるには何十年かかるだろうかと思われることもあります。

それは、とっても大きな目標、大それた夢のことなのですが、

最近は、何十年かかろうとも実現したいという思いが強くなってきました。


そして同時に、生きている間に実現しなければ、死んでからでも実現させてやるぞ!

ってことも思っています。

最近、人が亡くなる、節目の年祭を仕えるということに出くわすと、

命の期限ということも感じずにはおれません。

よく考えれば当たり前なんですが、これまではいつまでも生きているようなつもりでいました。


大きな願い、大それた願いを実現するために、

段階的に小目標を達成していく。

生きている間にこれだけってね。


そして、自分のあとは、その願いを引き継ぐ人が現れてくれることを願う。

何代にも渡ってでも、実現してほしいと願う。


100年前に亡くなった方はそういう思いで、100年間、霊として願い続けていたのだろうなあ。

これから先も。


桃栗3年、柿8年、柚子の大馬鹿18年。

私のダラブチ約100年。

「ダラブチ」とは私のところの地方で、「阿呆」みたいな意味です。




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