渡る世間は神様ばかり

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zoom RSS No.20 自分のことだと思ってなかったよ!

<<   作成日時 : 2011/02/22 14:52   >>

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ある会合に出席したのですが、

その回のテーマについて、

前もって自分を振り返って考えてみました。


『囲炉裏のそばで』(玉井光雄著、2000年10月1日発行、金光出版)という本を

今年に入って読んだことを思い出しました。

その中の話を読んで、

ある種、衝撃を受けたことがあるのです。


金光教を信奉する者として

神様(=天地金乃神様)についてのお話や

神様について初めて教えをされた教祖様(=金光大神様)についてのお話は

たくさん今まで聞いてきました。


これもよく知っているものなのですが、

「一、神の教えも真の道も知らぬ人の哀れさ」(神訓2信心の心得48)

というみ教えについてのお話がその本に書いてありました。


それを読んで、私の心にドキッとするものがあったんです。

あっ、そうだったのか、とも思いました。

これは、やばい、とも思いました。


このみ教えは自分のことだとは思ってなかったよ

って心境なんです。


少し長くなりますが、その部分を引用させていただきます。

玉井先生が「信神」と書き表されているのは、

一般には「信心」(=天地金乃神を信ずる心、その心をもって生活を営むこと)のことです。


先生はその師匠から教えていただいた信仰上の信念からそう表現されるのですが、

その説明はここでは省略させていただいて「信心」に置き換えて考えていただいて結構です。


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 つまり、もっと言い方を変えますと、単にご信神の教えを知識として知っているだけで、いかにもそれが自分のものになって自分の身についておると勘違いをして「信神しよる、信神しよる」いいながら難儀をしておる。

そういう哀れな人間になったらいけませんよと、こう神様が戒めておられる。これこそが「神の教えも真の道も知らぬ人の哀れさ」と、おっしゃっとる教えの心でございます。

 大切なことは、神様は一つ教えてくださったらそれを喜んで、生活するもとにして、心にも体にも役立てる、これが信神するものの姿でございます。

 例えてみれば、わがうちでご飯を炊くという一つのことについても、今ごろは昔と違いまして、ご飯を炊くいいましても炊飯器のスイッチを入れりゃそれで炊けるんです。

その炊飯器のスイッチを一つ入れるにしても、そのスイッチを入れながら、どうぞおいしいご飯が炊けますように、このおいしいご飯が炊けて、これを神様のおかげで家族中のものが食べて、心も体も元気になりますようにというて、本当にそういう祈りを米ながらスイッチを押しておるじゃろうかどうじゃろうかと、本当にこれ何でもないことですけれども、こういうことが生活の現場で、信神をしておるかしておらぬかの境い目になるわけです。

 同じようにお掃除をしても、同じように洗濯をしても、どうぞこれから洗濯をさせてもらいますが、この洗濯をさせてもろうて、きれいになったこの肌着を家族のものが着せてもらいまして、それぞれのお勤めが元気でできますように、そういう祈りを込めて洗濯をさせてもらいます。

こういうことを本当に自分が心の中で思うて洗濯機の前に立った時に、そういうような心持ちを自分が持って洗濯機のスイッチを入れておるじゃろうかどうじゃろうかと。

この何でもないようなことの一つひとつが、これが私どもの信神の大切なことなんです。

そういう意味のことで生活の現場で、信神を自分が実際に使いなさい、こうおっしゃってるお教えでございます。

 ですから、おかげを頂いたらそのありがたさをもって生活すること、そして生活に使わせてもらうありがたさを自分が身に染みて知ること。

しかもその繰り返し繰り返し、何でもないような、毎日させてもろうておるご用、仕事、その繰り返し繰り返し信神していく、これこそが本当に心にも体にもご信神を知っておかげがわが身について徳となって現れる、こういうことでございます。

 (『囲炉裏のそばで』pp128-131 [信神生活]より)
 

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信心をしているつもりでいる自分。

そう立派な信心とは思いませんが、

金光教のありがたさは分かっているつもり。

金光教についてのある程度の基本的知識もあります。

人にそれらを伝えることもあります。


そんな私が、日頃どんな生活を送っているんだろう?

祈りの時間、

御用(=神様のためのお仕事)をしている時間、

お参りされる方と話をしている時間には、

当然のように神様のことを考え、

頭の中も、口にする言葉も、

信心に基づいて働きもし、表現もされています。


では、一日の大半の他の時間は大丈夫だろうか?



御用をしている最中でさえ、

次の段取りばかり考え、

単なる「作業」となっているのではないだろうか?


それは、信心に基づいた御用という働きになっているのだろうか?



上述の炊飯器のスイッチの話。

そういえば、私も、朝起きて御神飯(=神様にお供えするご飯)を炊くためにまずスイッチを入れます。

御神水(=神様にお供えするお水)のお供え、

御祈念(=お祈り)や

神様へのお届け(=さまざまな人のお礼・お詫び・お願いを代わってする)など

毎朝の一連の流れがあります。


朝食の支度を母や妻ができない時はその段取りも考えなくてならず一層慌しくなります。

だから、炊飯器のスイッチを入れるのは、とにかく忘れずに急いでしちゃいます。

次に行う事柄を考えながら。

いや、何も考えずに反射的に時計を気にしながら次々と事を済ましていくと言った方が正しいかも。


そこには、

御用のつもりで行っていることだが、

特に祈りが込められていない単なる毎日の繰り返しの行動だったわけですよ。



そういうことにハッと気づいた私は・・・・


(つづく) http://27137551.at.webry.info/201102/article_4.html



















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